1 賃金ダウンという難局をどう乗り超えるか

「賃金ダウン」というマイナスイメージの言葉が、巷を横行するのが当たり前になってしまいました。賃金ダウンは当面の生活に直接ダメージを与えるだけでなく、将来の生活を不安にする心理的なダメージをも与えます。そして当然、働く意欲にも大きな影響を与えます。意欲の減退は、優秀な人材の会社離れのきっかけをつくる可能性もあります。
しかし、企業経営が限界に追い込まれた状況での賃金ダウンは、企業の存続をかけて一時的にとらざるをえない人事戦略の一つです。
経営者のジレンマと苦悩が続いていますが、どん底にあっても空を見上げ希望を語るのが、経営者の使命です。
このような状況下で、どこに希望を見いだすことができるのでしょうか。ピンチをチャンスに変える、転機をどこで手に入れることができるでしょうか。
高度成長時代には、量的拡大がたいていの問題をいつの間にか解決してくれました。そして経営資源の中ではお金とモノとが重宝され、その傾向は「失われた凶年」と言われる90年代になっても続き、リストラによる人員削減と賃金カットなどが安易に行われ、経営資源の人的側面は配慮が欠落していました。
人的側面へ目を向けようとした矢先に、米国の経済が「絶壁からの落下」(ウォーレン・パレット氏)にはじまる全世界が同時不況となり、大きなしわ寄せがまたしても人的資源を直撃しました。
中小企業においては経営者もそこで働く人も等しく瀬戸際に立たされています。しかし、不平や不満をいっても何の解決にもなりません。会社を辞めたからといって、夢のような職場が他にある保証はないわけですから、経営者と働く人々がともに忍耐をして、新しいエネルギー源を探し求めなければなりません。まったく新しい経営戦略が必要です。

本著では戦略を「組織活動のビジョンを示した長期的な基本設計図であり、その実現のための変革のシナリオをもった経営資源の配分」と考えます。したがって戦略が的確に実行されるためには、それにふさわしい経営資源がなくてはなりません。経営資源の蓄積が、企業の戦略実行能力を決定すると言われるゆえんです。

経営資源は古典的には、人・モノ・金ですが、今日では情報、企業文化が含まれることが常識となっています。今まで最も頼りになっていた経営資源の「お金」が思うように調達できなくなっていますから、手が出せる経営資源は「情報」と「企業文化」です。
その二つを担っているのは「人」です。この「人」には賃金ダウンが待っているわけですから、その忍耐を受け入れてもらえる企業文化(組織風土)を早急に醸成する必要があります。
企業文化(組織風土)とは、目に見えない精神的雰囲気、その組織で暗黙のうちに認められていたり、認められていなかったりするルールのようなもので、人々の心を意識、無意識のうちに支配しています。
たとえば、始業時間が9時となっている場合、初分前に出社して準備・段取りをして始業を待つのが当然となっている会社と9時にタイムカードを押せばよいということが当然となっている会社があります。後者の場合、日分前に来るように注意すると、時間外手当の請求が公然となされることが多く見受けられます。
企業文化は創業者と最初(初期)の担い手によって、その方向づけがなされると言われるほど、長い期間にわたって引き継がれます。

その組織に属する人々に共通する志向のクセ、共通する行動様式、共通する情報伝達(報告、連絡、相談)の特徴、情報の処理方法(蓄積と学習)が目に見えない不文律、ルールになっているものです。
不文律のルールは、プラスに働くと大きな力になります。たとえば、5Sが当然となっている会社と「Sとは何ですか」と質問してくる会社との特性は、著しく異なります。企業文化がマイナスに働きますと、組織の風通しが著しく悪くなります。「何を発案しても、たたきつぶされる」という暗黙のルールができてしまいます。
これはどんな問題提起をしてもダメだから、問題を放置する、見て見ぬふりをする文化を醸成していきます。
どの企業にもプラスの文化とマイナスの文化があります。マイナス文化を刷新することのむずかしさは、経営者が最も痛感しています。「何度言ってもダメだった」と、これまでにいくども失望してきたからです。
しかし、ついにときが来ました。全員が一丸となって乗り超えなければならない危機の大波の前に立っています。企業文化を刷新して、情報交換、情報の共有化、そして情報を蓄積して組織能力を高めることのできる、絶好のチャンスが到来しました。

企業文化の刷新を「賃金体系の評価システムを再構築することを通して実現する」という具体的な方法を、単なる方法ではなく意味と価値を明確にして、ピンチをチャンスに変える提案をすることが本書の目的です。
新しい戦略と企業文化の刷新に視点を置き、「今はまだ見えないが、この暗いトンネルの先には光がある。この聞に私たち自身で火を灯そう」と経営者が呼びかけてください。
社員のみなさんが「そうだ!うちの会社はトンネルの先にある光を手にいれるために、これから考えられる対策のすべてを講じます」と、応えてくれることを信じて。
多くの企業が固定費の削減として、賃金ダウンを余儀なくされると予想します。その決断のときにおいて、「どんなときにも、勇気と強い意志と行動力を持つ者が勝つ」という信念で、戦略を明確にし、光に向けて変革のシナリオを描く一助になれることを私は切に願っています。

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