2 「認める方向と水準」を定めたストロークが評価になる

評価は「認知欲」を満たしてくれる
「もう、あなたを評価しない」と言われると悲しくなり、軽視された感じをもち、自分に価値がないと感じ、腹立たしくなるのはなぜでしょう。
それは、私たちの命が、本源的に認めてもらいたいという欲求を持っているからです。すでにお母さんのおなかの中にいるときから、「私はここにいるよ」という信号を出して注目を集めているのです。赤ちゃんは「私は大切にされる存在であって、周りは私に必要なものは、必ず与えてくれる」という絶対的な信頼をもって生まれてきます。
おなかが空いたら泣き、おしめが濡れたら泣きます。その信号の前に授乳したり、すぐにおしめを交換したりして、心地よい状態を保つことで、赤ちゃんはスクスクと育っていきます。自尊と信頼を満たしてくれる母性愛があってあたり前という、自己中心的な存在です。
生理的な欲求だけを満たせば健全に育っかというと、そうではありません。ストロークという、相手の存在価値を認めるための働きかけが必要です。ストロークは、下の参照1のように分類されます。
赤ちゃんの存在価値を認めていくためには、机と肌の接触による肉体的ストロークを十分に与え、さらに声かけ、あやす、ほほえむなどの心理的ストロークを与えていかなければなりません。言葉がわかりだすと、話を聞く、うなずく、誉めるなども必要になってきます。
幼稚園、保育園という社会に出ると、母親のように手放しで認めてくれない人がいることを学びます。家庭で十分なストロークをもらっている子どもは、自尊と信頼の感性で自信をつけていますから、環境への適応にチャレンジします。
小学校に入ると(さらに社会が大きくなり)今までと同じやり方で、同じようには認められないことを学びます。すなわち健全に成長していくと欲求の仕方が社会化されます。それは周りが私に期待していることは何なのか、という問いを感性が持ち始めることにあると、私は考えています。
家庭では「条件なし」で認められていたのですが、社会に出るとストロークをもらうためには「条件がある」ということを学ぶのです。
たとえば、水泳教室などでは「級」という基準があり、上がっていくと認められますから、練習してチャレンジをして、進級への不安と期待を持ってわくわくするのです。
「条件付きストロークしかもらえない社会」と「無条件でストロークがもらえる家庭」の聞を往復しながら、認知欲を軸にして成長をしていくのです。
この条件付きの心理的ストロークの代表が「評価」です。心理的ストロークがすべて条件付きなのではありません。
褒める、励ます、勇気づけるなどは、無条件に与えることができますが、評価は「方向と水準」を条件とするストロークです。社会的存在としての人間は、場で期待される方向や水準を目指して、それをクリアして達成感を味わって、ストロークをもらうために生きているのです。実は評価は、人聞が常に求めている認知欲を満たすものなのです。

「査定」と「評価」の遣いは公開性
査定はわからないところで、何かチェックされていることを示します。職場における評価にも、チェックという行為があります。
チェックするという前提には、そのポイントがあります。
では、査定と評価の違いは何でしょうか。
評価の本質を浮き彫りにしますと、
(1)チェックポイントが事前に公開されている。
(2)評価基準が事前に公開されている。
(3)期中のプロセスでフィードバックがある。
(4)結果のフィードバックがある。
が、評価の本質と言えます。
(1)は評価の基本原則。経営理念の浸透がどの程度進んでいるのかをチェックするもの。さらにもっと進めるべき課題には何があるのかを明らかにしたチェックポイント、どんなことをもっとよくしたいのかを具体的に明らかにしたチェックポイントをつくり、公開します。これらは、その企業の成長の方向性を示したもので、日常行動の羅針盤の役割を果たします。
(2)はどのような状況で、どの程度の実践がなされているかを判定できる基準をつくります。具体例については、第5章で説明します。
(3)フィードバックとは、「定められた軌道から外れた場合に、元の正しい軌道に復元する行為」という意味です。
ある課題(目標)に向かって実践がはじまりますが、個人の勝手な解釈で職場が期待する方向から外れている場合に、そのことを知らせ、どれくらいずれているかをも含めて伝えて、早期に正しい位置に戻すことです。自分で気づく場合もありますが(自己フィードバック機能)、多くは他者から与えられるものです。目標からずれている場合、軌道修正を期中で実施せずに誤ったままの方向で進んでしまいますと、とんでもないところに行き着いてしまいます。
(4)は「結果に含まれる情報を原因に反映させ、次の段階で調節をはかること」です。期中のフィードバックがどこまで効果を現したかが問われるところです。フィードバックを受けた人は、次期への課題として引き継いでいかなければなりません。
フィードバックする人は、部下の結果に対して評価をする権限と同時に、部下の結果に対して責任を問われます(効果的なフィードバックについては、次項参照)
これらのことから評価とは、個々人の行動を観察とフィードバックによって、あるべき方向に進めるためのエネルギー源になるものです。

効果的なフィードバックは人間の成長を促す
真剣なフィードバックは親密な人格と人格の交わりになり、受け手が気づいて自分の行動を変革するという、決断にまで導くことができます。そしてその結果、受け手が大きく成長することになります。同時にフィードバックする人も、この経験を重ねることで、効果的なリーダーシップが発揮できるようになり、双方が深く学び合えます。
K・レヴィンは「有効なフィードバックは、その人の成長のバロメーターである」との至言を残しています。そのポイントは、
(1)「真に相手の役に立つ」という気持ちをもつこと――人格攻撃や押しつけになってはならない。相手の行動に対して、「私はあなたにこうあって欲しい」との願いをもった発言であること。
(2)具体的な観察デlタに基づいていること――可能なかぎり多くの人からのフィードバックが望ましい。
・一つの具体的な行動も、人によって受け取り方が異なる。
・多面評価の必要性が説かれているのも、ここに根拠がある。
・主観的な意見ではなく、記述的(事実)であること。
(例)あなたはおしゃべりだ(主観的な意見)。あなたは1時閉店分もしゃべり続けた(観察による記述)。
(3)可変性の可能性があることへのフィードバック――観察可能な行動、態度、考え方についてのフィードバックであり、相手に可変性の可能性があることへのフィードバックであること。直接に人格に触れることや、変えることができない容姿には言及しないこと。
(4)肯定的なことも否定的なことも、両方が必要である――この場合、まず肯定的ストロークをあげて、その後にフィードバックするという順序が望ましい(これは愛をもって勇気をだすプロセス)
否定的なこともきちんと伝えることがフィードバックであり、とても大切なことです。
(5)伝え方はマイメッセージであること――「私は~感じます」「私は~考えます」という伝え方が望ましい。「我々は~」とか、「彼は~」「皆が~」という発言は遠まわしの無責任な発言で、相手に真実味が伝わらない。
(6)個人的な場合では、
・叱るときは、1対1で、すぐその場で(Here and Now)
・誉めるときは全員の前で、過去のことでもOK。
過去のことについて、多くの人の前で叱られることは苦痛です。過去は変らないと同時に、この場合は他人も変わりません。「過去と他人は変えられない」という真実を忘れないことです。
親密な関係を創造しつづけるために、必要な愛情をもった勇気あるフィードバックは、リーダーにとって必須の能力なのです。

評価があるから人は育つ
評価とは、ある基準にしたがって相手の行為に対して価値を評することです。特に企業においては期首に課題、目標が公開され、その目標を達成するために、期中においての行動が観察され、フィードバックされ、評価者、被評価者が共に成長する一連の行為です。目標達成を目指す被評価者に、努力が必要であることは言うまでもありませんが、評価者は被評価者の行動の観察、厳しさをともなう真実のフィードバックを行う努力が必要です。リーダーは部下が責任を果たすように指導しなければなりませんから、評価は相手のためだけでなく、自分自身のためでもあるのです。
評価者が被評価者とともに成長することを目的にしているのが、組織における評価システムの目的です。自分自身を知ることは古来、とてもむずかしいことと言われており、英国の諺に「It takes 2 to see 1」(1人を知るには、2人の人が必要である)とあることからも伺えます。
また、イギリスの有名な神学者、ウィリアム・バークレイは、
「自分自身に直面し、自分自身を知ることは決して容易ではなく、ある意味では、だれも自分自身を知らない。自分自身について誤った考えをもちやすい。うぬぼれて、自分を実際よりも魅力のある、気のきいた、頭のいい人間だと考えてしまうことがある。
自分では魅力があると思っていても実はお追従をいっているだけのこと、自分では気のきいたことをいっているつもりでも、周りの人はいらいらしている。その逆の見方もある。自分自身を知り、自己の真の姿を見ることができるように助けてくれる人たちに対しては、深い感謝の心を抱いて然るべきである」(ウィリアム・バークレー著『希望と信頼に生きる』より)。
このように評価とは、自分を正しく教えてくれる愛の業なので、その意味を知ると自ずと感謝の気持ちが湧き出てくるものです。評価とは人を育てる仕組みであり、個人にとっても、組織にとっても役立つ成長のためのシステムなのです。「評価なくして人は育たず」の言葉が真実であることを、お互いに理解しておく必要があります。

評価には「目標設定能力を磨く」パワーがある
評価とは個々の人の行動を観察し、フィードバックし、あるべき方向に進めるために目標を定めてその達成を喜び、人の存在価値を認める行為です。それは人々の心的エネルギーを喚起するものです。
評価は観察力を養い、リーダーとして必要なフィードバック能力を向上させ、目標設定能力を養うという機能をもちます。
継続して真に充実した達成感を味わうためには、目標設定能力の向上が必要であり、そのためにはプラスの心的エネルギーをもっている評価がなくてはなりません。評価を通して情報の流れをスムーズにし、プラスの感情の流れが豊かになったとき、共鳴・共感しあえる職場づくりが可能になります。

参照1 ストロークを分類する

ストロークの二分類
家庭内ストローク 社会的ストローク
肯定的 乳をふくませる
抱擁する
キスする
手をつなぐ
耳掃除爪を切る
一緒に風呂に入る
髪をすく
相撲をとる
看護する
指圧マッサージ
添い寝をする
なでる
さする
あやす
うなすく
ほほえむ
拍手する
ほめる
励ます
目をみて話す
身をのりだして聴く
ねぎらう
感謝する
まかせる
信頼する
意見を尊重する
手紙を書く
情報を知らせる
公正に評価する
フィードッバックする
定否的 お尻をたたく
なぐる
つねる
食事を与えない
(親も食べない)
叱る
反対する
注意する
悪口をいう
文句をいう
欠点を批難する
催促する
社会的ストロークの分類
条件付きストローク 無条件ストローク
肯定的 規準を満たしているからOK
優勝したから、ごちそうしてあげる
予算達成したからヨロッパ旅行だ
あなたが素直だかう私は大好き
君のリーダーシップはOKだ
相手の意見を素直に認める態度が好きだ
評価はすべて条件付きストロク
あなたの人格がOK
どんなときも私はあなたを信じているよ
発信者も受け手もOKな感情になる
全財産をなげうっても君を助けるよ
愛してるよ
定否的 「あなたの行動はOKでない」
ウソをつく子は嫌い
遅刻するあなたはOKでない
あなたが遅れたととに怒っています
優柔不断な社長が嫌い
あなたは人間としてOKでない
顔もみたくない
あなたは欠点だらけだ相手の存在や価値を無視、軽視する無関心
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